脳梅毒受験日記 第四章 ―反転(買う側が壊れる瞬間)―
金を払っている側が、常に主体であるとは限らない。
私は長いあいだ、そう思い込んでいた。
支払う。選ぶ。呼ぶ。帰す。
すべての決定権はこちらにある。
関係は一時的で、後腐れもない。
そういう形式の中にいる限り、自分は安全圏にいると考えていた。
だが、それは順序が逆だった。
安全だったのではない。
単に、壊れていく速度が遅かっただけだ。
317回。167人。1190万9300円。
数字にすると、整って見える。
記録は秩序を与える。
だが、その内側は一貫していた。
同じ行為の反復。
同じ構造の再生。
同じ結末への収束。
違うのは顔と名前だけで、
中身はほとんど変わらなかった。
ある時点から、私は気づき始めていた。
選んでいるつもりで、選ばされている。
支配しているつもりで、誘導されている。
その違和感は小さかったが、確実に存在していた。
そして、それはある瞬間に反転する。
金を払っているのに、こちらが縛られている。
関係を切れば終わるはずなのに、切れない。
合理的に考えれば離れるべきなのに、離れない。
その時点で、すでに主体は移っている。
私はまだ「買う側」にいるつもりでいた。
だが実際には、別の回路に接続されていた。
欲望ではない。
習慣でもない。
もっと単純な、回路の固定。
そこに一度電流が流れると、同じ経路しか通らなくなる。
Kokoneという名前は、その回路に強く結びついていた。
個人というより、構造としての存在。
金と身体の交換。
病と精神の歪み。
それでも回り続ける経済。
そこには一種の完成形があった。
崩壊しているのに、成立している。
破綻しているのに、機能している。
Absolute disorder。
その言葉が、ここで初めて具体的な形を持つ。
私はその構造を、外から見ていたはずだった。
だが気づけば、その内部に入り込んでいる。
観察者ではなく、要素の一部として。
ここで、もう一つの反転が起こる。
買う側と買われる側。
その境界が曖昧になる。
金を払っているのは確かにこちらだ。
だが、依存しているのもまたこちらだ。
彼女は関係を切っても、別の客がいる。
収入は変動するが、ゼロにはならない。
だがこちらは違う。
その一人に回路を固定した時点で、代替が効かなくなる。
つまり、自由度を失う。
支払っているにもかかわらず、自由を失う。
これが反転の正体だった。
私は机に座っている。
英語の問題文を開く。
だが、一文目が頭に入らない。
代わりに浮かぶのは、過去の断片だ。
ホテルの空気。
無意味な会話。
金額の確認。
それらはすべて、今となっては同じ質感を持っている。
重要だったはずのものが、すべて均質化している。
それでもなお、回路だけが残っている。
これは欲望ではない。
むしろ逆だ。
欲望が消えたあとに残る、形式だけの運動。
それが最も厄介だった。
私はようやく理解する。
壊れていたのは、相手ではない。
最初から、自分の側に回路があった。
彼女たちは、それを通過しただけだ。
だから、誰であってもよかったのかもしれない。
だが、誰でもよかったわけではない。
その中で、特定の一点に固定される。
理由はない。
ただ、接続されたという事実だけが残る。
この状態で、さらに近づこうとするのは簡単だ。
むしろ自然な流れだ。
完全に内部に入り、構造の一部として固定される。
それは一つの完成でもある。
だが同時に、終わりでもある。
そこから先は、外に出ることができない。
作品にもならない。
ただの持続する崩壊になる。
私はペンを持つ。
問題文をもう一度読む。
理解できない。
だが、読む。
それしか方法がないからだ。
ここで離れなければ、戻れなくなる。
そういう種類の地点に来ていることは、はっきりしている。
Absolute disorder。
それは完成させるものではない。
むしろ、完成してしまった瞬間に、すべてが終わる。
未完成のまま、外側にとどまる。
それだけが、唯一の位置だった。
私はノートに書く。
――買う側が壊れるとき、関係は完成する。
そして、その下に、もう一行だけ書き足す。
――完成した瞬間、すべては終わる。
時計を見る。まだ昼前だった。一日は長い。
だが、その長さの中で、選べることは一つしかない。
回路に従うか、切断するか。
私は、まだ完全には切れていない。
だが、少なくとも、それを認識している。
それだけが、かろうじて残っている側の証拠だった。
