Taisho

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これまで随分大酒を食らったようにも思えるし、いや何の大したことはない、まだまだだと思える時もある。年齢の経過と共に飲むスタイルも随分と変化した。まずは徐々に一人酒が多くなり、特に大方の人々が飲んでいない時間、即ち早朝、昼間の時間帯に一人でぐいぐいとやるようになったものだ。しかしながら主戦場としているのは、立飲み屋でありチューハイ1杯300円以上の店には嫌悪感さえ感じる。そして酒のつまみというものにこだわりが無くなってしまった。つまみもそうであるがわずか一滴アルコールが体内に入れば有り金の全てを夜の蝶と共に雲散霧消してしまうという致命的欠陥に抑えが効くようになったことも大きな変化。世の中全ての分野に共通していることではあるが根を詰めて極端に集中し時間と金と情熱を注入すればやがて底つきに達して飽きてしまう、こんな単純な至極当然の事の成り行きをアルコールの世界においても体感自覚出来るようになってもいた。
実家近くのカウンターだけの居酒屋には4年前の開店当初、近くのスナックで働く女性をよく連れて通っていた。ところが中国美術品収集などという全く畑違いの仕事するようになってからは足が遠のいていた。あれは一体にどうしたことだろう、2014年の9月頃だったか、ふっと暖簾をくぐってみると何とも居心地の良い雰囲気が漂っていた。それからというもの、地方出張以外の時間の許す限りその店に足繁く通い詰めた。その頃、仕事を一人でこなさなくてはならない状況に陥りアシスタントが入るまでの期間乾いた空虚な気持ちであったところ、魔が差したということなのかも知れない。時節柄、私の好きなキムチ鍋が1人前から楽しめるというのも大きな理由であった。そこの主人とは専ら女、ギャンブル、その時々のネタでよくやりとりをした。すでに15年ほど前の博打での手痛い教訓から、又前職の釘師時代における博打場の裏側を覗いたことから他客とマスターが交わしている競輪やオートレースの話が鬱陶しいとさえ感じた事さえ多々あった。私もその時々の馴染みの若い女を同伴前に引き連れてよく飲みに行っていたので専ら男性客が一人酒を楽しむ憩いの場においては不愉快な気分を与えていたに相違ない。150以上の高血圧の為、減量に取り組まざるを得ず、当初はマグロ、タコぶつ類を少量にチューハイを10杯程度煽って仕上げるようにしていた。更には極端な減量効果を得たいが為に冷やっこ、オニオンスライス、おぐら納豆を集中的にオーダーしていた時期があった。食事制限の甲斐あり、10kgほどの減量と相成ったが忘れかけていた体の奥に潜んでいた微妙な疼きが活発になったのもほぼ同時期だった。しかしながら、以前と違い金をばらまくような使い方をしてまで若い女と一緒にいたいとは思わないような一般的な飲み手に成り下がっていたに過ぎない。その居酒屋は幼少の時に毎日遊んでいた青線ストリートの一角に存在する。居心地の良さは幼少時、その路地で多くの酔っ払いを見ながら育ったことに一因があるに違いないと時たま感じてはいた。