1箱目釘師の溜息

1.プレッシャー
日々多額の現金の行き交う現場にて、ハンマー片手にホール内機械のサジ加減を管理しなければならない釘調整管理者の感じるプレッシャーは相当なものがあると推察するが、まず調整者自身がメンタル部分での気持ちの持ちようを創意工夫し、常に良好な状態に保つということが以外に難しいのを経験上理解している。
私はと言えば、関西方面に出向いた時など、仕事が一段落し一晩ないし数時間の空き時間が出来ると何とはなしに自然と足が向いてしまう街がある。その街に関するトピックを持ち出せば、皆大抵煙たがるので、かなり深い付き合いの友人にさえ話そうという気にはなれない。
いつの間にか、飛田に隣接するその一廓に出入りするようになり数年が過ぎた。

2.休憩タイム
これまで仕事を通して様々な状況下にあるホール様と関係を持つようになったが、依頼内容は「お金を掛けずに稼動を上げて欲しい」というもの「後継者の方に釘調整指導」をして欲しいとの要望が大半であった。どの現場においても言い知れぬ緊張感とプレッシャーの中、自分を徹底的に追い込むということだけを意識的に行ってきたような気がする。高層ビルの屋上に上がり足元に広がる風景を最初に見てしまえば足がすくんで跳べなくなるのは先刻承知済ではあるので、毎度「えい!や!」とばかりに、一気に飛ぶようにしている。しかしながら、そんな刹那、「大きく勝つには、意図的に大きくバランスを崩すこと」と肝に命じる感性だけは変わらない。

3.千年の孤独
無事に稼動を上げ安定させた後、ふっと一人でぼんやりしたいなという衝動がこみ上げてきた時、ものすごい吸引力にてふらふらとその街に吸い込まれてしまう街が確かに存在する。釘調整者それぞれストレスやらプレッシャー解消の術を携えていると思われるが、私にとってはその街で、ぼんやりと終日日向ぼっこをしたりするのがバランスを取る一方法になってしまったようだ。

4.真剣勝負!
そのエリアにある数軒のホールはどこも盛況で活気がある。しかしながら、決定的に他のエリアと違うのはそこにはある種の特殊な「気」が充満しているのである。その気とは「殺気」ともいうべき、非日常世界に属する不気味な気配というべきものなのかも知れない。日本全国でプレーヤーとしてもパチンコと付き合ってきたが、これほどお客様サイドが1玉1玉を真剣な眼差しで見つめ、勝つために異常な執着心を傾倒させているホールはそのエリア以外に存在しないのではないかとさえ思っている。
ホールとお客様がまさに真剣勝負をしており、刀と刀が交わる瞬間の火花が眩しく美しく思えるからこそ、緊張の極地に漂う空気を思いっきり吸い込む為、その街に引き寄されてしまうのかも知れない。

5.遊びの原点
パチンコ店に入り、カド台が空いていればそこの釘をまず入念に眺め回してしまうのは、カド台を締めきれない釘師の悲しい職業的な性を私自身が最も良く熟知しているからに他ならない。
運良く大当たりが連続すれば、郷に入れば郷に従えとばかりに、遊びの場を移動し三角公園前の路上、大きな人だかりが出来ているサイコロ屋さんにて、飛田桃源郷行きの夢の切符を賭けての大一番となる。偶数か奇数を当てる単純なゲーム性であるが、単純なものほど奥が深く人気も長続きするというものだ。私はそこに賭け事の原点を見出し、大衆の熱い息吹を感じることが出来るからこそ、その輪の中に参列し自分の位置を客観的に測定しているのかもしれない。

6.Town of Gambler
丁半の掛け声に軽い目眩がしたら、三角公園の片隅で缶ビール片手に小休止だ。時折目の前を通りすぎるパトロール中の6人一組の棍棒持った警官やら装甲車が鬱陶しいけれど、公園内で読書やら将棋を指している人たちと、パチンコをはじめとする、あらゆる種類の賭け事に関する話題で議論を戦わせるのが実に楽しい。この街にやって来る人で賭け事が嫌いな人は皆無である。皆ヘビーユーザーを通り越し、位置付けとしては賭け事を生きる為の最も太い軸としてしまった人達ばかりであるからだ。そんな人々との会話がつまらないわけがない。ある時小さな居酒屋の一角でパチンコをめぐり口論となっている状況に遇会したことがある。

7.魚群派健在!
劣勢になっている60代過ぎを通り越したと思われる新海信者さんが、必死の形相にてまくし立てている、
「本当だよ。赤い魚群がさ。こうやってさーっと左から右に横切ってな。その後10連ちゃんしたんだよ。こんなの初めてだ!確かに左から右だ!」
こんな話を聞かされて周囲の魚群命のパチプロたちが黙っているわけにはいかない。
「あんた頭おかしいよ。魚群が左から右に出るわけがない。100年経ったって、右から左だ。こっちが知らないと思っていい加減な話をするものじゃない!」と納得がいかないというわけだ。
ギャンブラーというものは、悲しい習性として自分だけが特殊でプレミア的な勝ち方をしたということを誇らしく脚色して話したいものだ。
多勢に無勢で、議論の輪の中で袋叩き的に集中砲火を浴びるおじさんの援護射撃とばかりに少しだけいたずら心が芽生えた。
「あっ!そう! 私も一度だけ魚群が左から右に走ったのを見ましたよ!あれには本当にびっくりしました!」と助け舟のわたし。
「ほら、見ろ! この人だって見たって言うじゃないか!間違いなくあるんだから、そういうことが本当に!あんたらまだまだパチンコのことなんか何にもわかってないよ!」と一気に形勢逆転で場が盛り上がる。こうして飲みながらパチンコのウンチクについて語り合うのも楽しいものであるが、夢の中の出来事を人に語るのは、ほどほどにしないといけないだろう。

8.大海Fever!
そして、当然トピックも最近の「大海物語」に移行する。
「やっぱり海だね今度の大海も貫禄十分だ」という肯定派と、
「新しい海はちょっとあれこれいじり過ぎだよな」という両派に分かれたが、パチンコ業界を代表する大ヒットマシン最新鋭機の評価については日本全国のあちこちで熱い議論が交わされていることと思う。
時間の経過と共に全ては市場が判断する。ごまかしの効かない世界がそこに厳然と存在する。

毎回パチンコのことなど一切考えたくもないと思いつつ息抜きのつもりでその街に潜入するが、結局のところ業界の話題にすぐさま飛びつき、のめり込んでしまうのは、私自身がそれ以外に話題のない人間であるからに他ならない。30代後半のある時期全てを失くし、優しく包み込んでくれたのがその街であったから、母の子宮の如くただじっと暖かなぬくもりに包まれていたいだけなのかも知れない。