2箱目釘師志願

1.リベンジ!?
半年前のことだったか、どうしても釘師になりたいという三六歳になる高橋さんが私の元を訪ねてきたことがあった。話しを良く聞けばパチンコ好きが高じて多額の高利の借金を抱えてしまい、どうしてもホール側の仕事をすることにより溶かした金銭を取り戻し、借金の返済をしたいと言う。また大金を海の攻略情報を販売する会社に投入し全くのデタラメに気が付き、情けない思いで一杯であるともいう。いわゆる見事に典型的ダメパターンのパチンコユーザーであり、特に気を引くポイントもなかったものであるが、何か思い詰めた殺伐としたドライな感性を感じる部分もありお話を聞くことにしたものである。何とか注ぎ込んだ金銭を取り返したいというその熱心な志は評価出来るが、どうも釘師=高給取りと安易に考えている風情があり、ただ単に釘を動かして多額の報酬をもらっているものと勘違いしているようでもあった。

2.釘師はどこ!?
そもそも今どき釘師などというシーラカンスのような原始化石的で胡散臭い看板を上げホールに出入りする同業者さえ現在極端に減少した。大阪などの一部の地域では「回り釘師」と称する独特のパチンコ商慣習の中で棲息する職人的釘調整サービスのみを生業とされる方々が健闘されているが、全国的に見ればホール店長さんがハンマー、ゲージ板を持ちながら深夜人知れず釘調で奮闘しているのが一般的でありこのスタイルが定着して久しい。
コンサル、コンサルと揶揄されながら、ホールに出入りするのも気分の良いものではないが、「釘調整の専門家、釘師でございます」と海千山千のオーナー様やホール店長様のお相手をするのもこれはこれで話の切り口一つにしてもそれなりの知識と経験にて対応出来なければならず、そうした立ち回りは一朝一夕に身に付く筋合いのものでもない。

3.人気稼業!?
釘調整自体に魅力を感じ、機械の加減を調節しながらホール経営の一旦を担うポジションにつきたいというのであれば、仮に年齢が20代ならホールスタッフとしてまずは入社し、後はコツコツと信用を積み上げるのが近道なのは間違いないところであろう。多くのオーナー様が釘調整を任せられる人材の獲得に関しては運命的な「出会い」であると認識されている。これはと思う有能な人財に目を掛け経験を積ませて育て上げ、そして何度も裏切られてという手痛い経験を少なからず体験しているオーナーがそうそう簡単に釘調整を任せることもない。

4.勘違い
高橋さんは運送会社のトラック運転手としての経歴が長くパチンコとの接点はホールとお客としての関係しか持ち合わせていない。パチンコが原因で女房と子供まで手放してしまったとしきりに後悔しているがこの次元の話なら日本全国無数に存在するはずであり、同君の意志の弱さは同情には値しない。何としてもこの業界に入りリベンジしないと気が済まないとさかんに強調するが、そのエネルギーを向けるベクトルの向きは方向違いであるように思えてならなかった。それでも無給で運転手をしてくれるというので数日間お付き合いすることになったが、それは私が酒好きで自分で車を運転するのが極端に億劫だというだけの理由でしかなかった。

5.実地訓練
三日目に出入りする近隣競合店の人数調査に一緒に行き、パチンコ稼働の人数確認を頼んだが、一人二人と指差ししながら稼働数を勘定する姿が何とも微笑ましく、私自身がこの業界に入った頃の遠い記憶が呼び覚まされたもでであった。
異変は突如ライバル競合店の稼働状況を懇意にしている店長さんに報告する時に起きた。
電話で店長さんがお茶でもと誘ってくれたので事務所に向かうと高橋さんがブルブルと震え出し、どうも様子がおかしく冷や汗さえ流している。

6.フリーズ!?
「師匠、すみません。どうしても怖くて事務所の中に入ることが出来ません….
もう私にはとうていパチンコの仕事は無理だと分かったので帰らせてください。借金はまたトラックドライバーに戻り返済していくことにしたいと思います…」
すでに客数調査の段階で、頭の中が真っ白になり、なおかつホール事務所=恐ろしい場所との前時代的な固定イメージを持ってしまったらしく足がすくみフリーズした感じであった。
そしてホール人数調査の段階で舞い上がってしまったのは、ホールモニターで察知され、屈強な男たちに連れていかれるのではと心配していたという。

6.お客様はお客様!?
ちょっと被害妄想的でネガティブに考え過ぎており、かわいそうなほど気が弱いという性格の一面が露呈した。
もうこの辺が潮時と判断し、
「お疲れ様。もしまだプレーヤーの立場でパチンコを続けて勝率を上げたいのであれば、パチプロ安田一彦氏の必勝理論を研究した方が良いですよ。
(安田氏の主張する理論はどれもベーシックではあるけれど、本質を突いており、理論の展開に筋が通っているので時折耳を傾けてきた。)
その主張の根幹はボーダー理論というもので、きちんとスタート回転数と換金率、スペックなど細かなデータを把握した上で科学的にパチンコにチャレンジし勝負を運任せにせずホール選びにもっと注意すれば投資金は随分と抑えられるはずですよ。」
とアドバイスして高橋さんとは別れそれきりになった。

7.初志貫徹
パチンコ業界に入った人の動機を分類すれば様々な理由やら且つ夢や希望を抱き飛び込んで来るものであろう。現実は最初の動機は千差万別であっても志半ばでリタイアしハンマーを握るところまで辿りつくのは全体から見ればほんの一握りでの存在でしかない。そうして幸か不幸か管理者として釘調整を司るポジションにでサバイバルされている方は数値管理に秀で、何があっても動じない図太い神経を評価されたものに相違ない。

8.釘師VS詐欺師!?
業務を拝命し上手く稼働が上昇しクライアントに利益をもたらせば釘師先生となり、その反対に稼働が狙い通りに伸びず結果が出なければ、
「お前は釘師でなくて、詐欺師か!」
と罵倒され続け徹底的に足腰が立たないほど糾弾される。
どちらの場面にも数多く遭遇したけれど、釘師と詐欺師の垣根は実際のところ命釘をちょこんと0.1mm程度修正する様にも似て最も繊細な感性が要求される領域であるのは違いない。
その垣根のどちらに転ぶかは綱渡りの如く細心の注意を払い恐る恐る進むようにしているが、毎回その道の先に何が存在するのか、ただそれだけが知りたくて釘師の看板を上げ続けている。