10箱目戦略

勝負戦略
1.勘違い

あるホールが再リニューアルを契機に地区一番の稼働率を達成したいという依頼内容であった。元来受任当時平均アウト数25,000発程度のホールであり地区4番手稼働という番手の位置関係であったがこちらの考え通りにやって良いとのことだったので「先行逃げ切り型」の戦略を考え実行した。エリアが2.5円換金だけの市場であったので、市場の暗黙的な掟を破るが如く換金レートを上げ、気分任せの機種選定から明確な戦略方針を持たせ、かつまたポリシーなき釘調整にも緩急なるビジョンを持たせることとした。
行動実施後、地区内稼働率が70%程度に上昇、平均アウト50,000発オーバー、常時地区一番稼働を競り合うようにもなり、無理なく抜ける粗利額も月粗利率10%、月額数千万円アップに跳ね上がり税金対策で頭が痛くなるようにもなった。こうなると以前は、競合店の頭取りに行くのもしんどかったものが、他店の客入りが少ないのを確認するのがこれまた楽しくなるから、面白い。

2.アラー(粗利)の神
しかしながら、当初オーナー・店長の高いレベルの攻撃的精神、飽くなき上昇志向に目を見張るものがあったものの、地区一番稼働を達成し、高稼働が数ヶ月継続した後に、みるみるテンションが下がってきたのを見逃さなかった。これまで多く経験してきたことは、「稼働が上がり経営環境が好転した後にその状態がそのままずっと続くものと錯覚してしまう」オーナー・店長が非常に多いというこ…次第にもっと抜ける、まだまだ抜けると粗利率上昇の一人歩きが始まってしまっていたのだ。9% 10% 11% 12% 13%……….と自分の城を自らの手で壊していることに気が付かない。これはまるでコンピューターウィルスが、じわじわとハードディスクのな中身を浸食していく様に似ている。そして、私どものいうところの醜い「アラー(粗利)の神」に徐々に姿を変えてしまっていくのだ。
「社長、最近抜くペースが早いので、抑さえましょう。お客が少しずつ離れていきますよ。」と進言する。
「左さん、何を言ってるんですか。この商売取れる時に取っておくのが、コツなんですよ。」なんて、言い返されるから、やれやれだ。そんな精神状態になったオーナーをどのように軌道修正していくのかも戦略的釘師としての仕事のやりがいではあるが…

3.暴走
買ったばかりのベンツを自損で電柱にぶつけてしまったからと収支計画を急遽変更し、新海を全台板ゲージ2枚分締めて、修理代を捻出してしまうなど、私の知らないところで、小さな暴走が徐々にエスカレートとしていた。それでも当初稼働率は下がらないし、十分な利益を弾き出しているので、「えい!このまま、このまま!」とホールコン前で、まず稼動率よりも粗利額を確認するようになった店長がこっそりと呟いていた。そして、いつだって悪い兆候が現れるのは、3ヶ月目に入ってからだ。この商売、悪くなるときは、まとめて一気に荒波が来るから、アップダウンの激しさはジェットコースター並ではある。

4.Hard or Soft
稼働が地区内1番から2番、3番へと急降下していく、それでも莫大な利益が残っているので、税金に持っていかれるぐらいならと、ホールを改造し、豪華にした方がまたお客も来るだろうとばかりに数億円のリニューアルプランに建築屋の言われるまま熱中し始める。そこにはお客様の本当のニーズを満たすという視点が全く見えなくなっていた。
「今回のリニューアルは、前回みたいにお客がびっくりするほど、玉を出さなくて良いですよ。それにどうしても、開店プロや常連客以外のお客に玉を持っていかれるのが嫌でしょうがないんですよ。釘調整は開店から3週間は損益分岐営業で、その後少し緩めていきましょう」なんて、とんでもない考えに取り憑かれてしまっていた。今の時代オープンから、3日間損益分岐営業をするだけで、お客とそれまで培った信用を飛ばすに、十分なインパクトがあることすら自覚していない!?
「開店を待たずして、ここで勝負あった!」
オーナーのパチンコビジネスに関する考えを一旦まっさらに初期化し、最新最先端のOSを再インストールするという最も重要な作業に失敗した。私の負けである。
なるほど、クライアント言うところの、常連客を中心に還元サービスをしたいというのは一理ある。しかし、落ち込んだ稼働を上げる為に常連客以外の客層を広げる為、再度リニューアルを仕掛けるのではないか。確かに開店当初は、パチプロ、開店プロといった類の良からぬ客筋が多数来店はするだろう。しかしながら、受け手である主催者側は、たとえどのような素性のお客であっても、どーんと迎え入れる度量の広い気構えが必要である。なぜそうした開店プロたちを有能なホール宣伝マンとして捉え、プロたちに一度好印象を抱かせたら「口コミ効果」という最大の発信装置にて、新聞折り込み広告の数十倍のホールアピール効果が期待出来ることに気が付かないのか。
そもそも私の持論である「オープン3日目までにそのホールイメージは確立されてしまう」との経験値を見直すつもりは殊更なく、それが信念になるまで、手ひどい失敗を繰り返してきたことを忘れようとしたって体にしっかり刻まれ、拭うことが出来ない。

5.現実の姿
その後、オーナーの言うがままに、後から出玉サービスを仕掛けることに共鳴するコンサルタントが見つかったというので、私は身を引いた。
内心密かに、たとえオーナーに手ひどい叱責を受けようとも、自らの戦略方針に基づき釘調整をするつもりでいた。どんなにオーナーに罵詈雑言を浴びせられても、かっては情熱を傾けたそのホールをみすみす殺したくはなかったのだ。パチンコ商売には、1+1=2になるのと同じくらいはっきりとした真理が存在するタイミング乃至ポイントがある。
一ヶ月後、見るも無惨なホール状況が報告されてきたが、私はもう振り返る気力さえなくしていた。20%程度の稼動で閑散としたホールなど、見たくもない。炎天下の折、鳥肌立てて、寒がっている関係者は、尋常ではない。ホールの建物設備、機種構成というハード的要因では、勝負はつかない。そこにどのような「戦略思考ソフト」を注入するのかという、ソフト的要因との相乗効果があってこそ全てが決まるのだ。
そして、戦略的釘師としての自分自身をアップデートする方法には、いつだって頭を悩ましながら、もがいている。